『NHKにようこそ!』第一話の執筆体験で、私は死ぬほど考えてアイデアを生み出すという行動パターンを学習してしまった。

この件について大事な補足事項を書いておきたい。

それは、「死ぬほど考えてアイデアを生み出すという行為は、間違ったアイデアの生み出し方であり、そんなことをするよりも、もっと楽なアイデアの創造法がある」ということである。

確かに、死ぬほど考えればアイデアは生み出すことができる。

だがちょっと待って欲しい。

死ぬほど考えるとは、文字通り、死ぬほど考えるということである。

そんなことを続けていたら、人間は死んでしまうのでは?

死ぬまで行かなくても、そんな苦痛を毎日のように味わっていては、その行為への恐怖が日に日に募っていくのでは?

そんな疑問が湧いてくるのは当然のことである。

実際、死ぬほど考えてアイデアを生み出すという行動パターンは、アイデアを生み出すという行為に、死ぬほどの苦痛という体験を結びつける行為である。

そんな行為を数年続けるとどうなるかというと、アイデアを少しでも考えようとした瞬間、心臓の鼓動が高まり、気分が悪くなり、恐怖と不安によって何も考えられなくなるという精神状態に陥るようになる。

ベルが鳴ると同時に電気ショックを浴びせられ続けた犬は、ベルが鳴った瞬間、それだけで恐怖によってパニックに陥るようになる。そんな条件反射を学習してしまうのだ。

私も一時期、心の中で、「小説」というキーワードを考えただけで、上記の犬のようになった。

だから今は、あんまり、そういうやり方は、よくないんじゃないかな、と思う。

でも若者の一部は時に、刹那的な命のキラメキ、みたいなのに憧れたりもする。

「俺の限界を超えてやるぜ!」的な、「熱血!」みたいなものにも憧れる。

だがちょっと待って欲しい。

限界というのは超えたらいけないから限界というのではないか? リミッターは、それを超えると壊れてしまうから、それを超えないように設けられているものなのではないか?

何度も限界を超えなければやっていけないような行為は、何かが間違っているのだ。

だが当時の私はそんなことお構いなしの、ひとり超絶ブラック企業として、自分にムチ打ち、自分の精神を拷問にかけ、アイデアをなんとか生み出そうとしていた。

そのやり方は数年間、機能した。

だがあるとき、どれだけのプレッシャーをかけても、もう何のアイデアも出てこなくなる一線を私は超えてしまった。心のアイデア発生機能を司る場所が、なんだかもう、無理な使い方の連続で、ダメになってしまったのだ。

そうなると、なんとかして大破した心を治さなければ、心のアイデア閃き機能は元には戻らない。

幸いなことに人間の心というものは凄まじく強い回復力を持っている。そのため、あらゆる問題は、治そうという意思があれば治すことができる。幸いにして心を治すための様々なメソッドも現在では世に大量に溢れている。だから心は治すことができる。治った心は前よりももっと強く柔軟になる。

だが、どうせなら、最初からそんな無理な心の使い方をしないようにした方がいい。

つまり自分にストレスやプレッシャーをかけて何かを強いるというやり方はしない方がいい。

そもそも精神にプレッシャーなどかけなくともアイデアは生まれるのだ。

アイデアは物凄く簡単に言うと、以下の二つのサイクルから生まれる。

  • 考える
  • リラックスする

適度な量と時間、その問題について考えたあと、心をリラックスさせて、空白状態におけば、自然と新しいアイデアは閃く。

精神にプレッシャーをかけ、死ぬほど考えてアイデアを生み出すという手法も、実はこれと同様のことを行っていたのだ。

ただ、「考える」→「リラックスする」の移行部分を、以下に示す脳の作用を用いて行っているだけだ。

その作用とは「死ぬほど考え、死ぬほどストレスを与え、オーバーヒート状態に陥った脳が活動限界に陥り機能停止する」という作用のことである。

それはアクセルを限界まで踏み込み、エンジンをオーバーヒートさせ、それによって車を停車させようとする行為である。だがそんなことをしなくても、アクセルを離せば自然に車は止まるのである。そして止まった車から降りて、景色でも眺めて一休みしているそのとき、アイデアは閃くのである。

だから「死ぬほど考える」などしなくとも、適度な時間と量だけ考える作業を行い、その後は、散歩にでも出かけていたら、過去の私はもっとスムーズにアイデアを得ることができていただろう。現にネガティブハッピー・チェーンソーエッヂはそのような作業方法によって書かれた作品である。私はあの作品が大好きだ。

というわけで、本稿で私が言いたいことをまとめると、以下のようになる。

  • 「死ぬほど考えてアイデアを生み出す」という行為は、エネルギーの無駄である。
  • 「死ぬほど考えてアイデアを生み出す」という行為は、自分の心のアイデア創造機能に、修復するのが難しい障害を負わせかねない危険な行為である。
  • 適切な時間と量だけ考え、その後に精神を意識的にリラックスさせることで、より効率的、効果的にアイデアを生み出すことができる。
  • アイデアを生み出すための、具体的な行動パターンの一例としては……
    • 三十分から一時間、適切と感じられる量の思考作業を行った後で、好きなだけ散歩に出かける。
    • そうすると何かしらのアイデアを断片的にでも得ることができるはずだ。
    • そのアイデアの断片を元に、次のサイクルの思考作業を、三十分から一時間行い、その後また散歩に出かける。そして新たなアイデアの断片を得て、その断片を元に新たな思考作業を行う。
    • このようなサイクルを繰り返しているうちに、「これだ!」と感じられる強いエネルギーを持ったアイデアを得ることができる。

アイデアを生み出すためには、「死ぬほど考える法」と「思考とリラックスのサイクル法」の二つの手法があるということだ。そして、死ぬほど考える法は非効率的であり、「思考とリラックスのサイクル法」の方が自然で効率的な手法であるということだ。

以上、このアイデア発想法についてのメモを、ともすれば何事につけて極端な方向へと進みたくなる自分への戒めとして、また、もしかしたら誰かの役に立つかもしれないという思いから、ここに書き残しておく。