この世で生きるとき不安は生じる。

不安、それはこの人格なるものに自己を同一化したときに必然的に生じる避けがたいものである。

自己とは本来、永遠に存在し続けるものである。

しかしこの人格は、この三次元の世界と同様、刻一刻と変化を続け、いずれ消え去るもののように思える。

この、永遠なるものと一時的なものとの間の認知的不協和。それが不安の原因である。

よって、この不安を解消するには、人格への過度の自己同一化を解除し、永遠なるものを自分のアイデンティティとして再度採用することが役立つ。

しかしこの世界で生きるとき、人格、すなわちこの肉体と感情と思考パターンの複合体への同一化は避けられない。そもそも『この人格への同一化を完全解除する』とは、すなわち死ぬということにほかならないわけで、ここに生きている限りはある程度、この人格を自己として認識し続ける必要がある。

よって必要なのは、この人格を自己として認識しつつ、同時に、永遠なるものへと自己認識を拡張することである。

それは生きながらにして、この人格の生を超えた、魂の認識を持つということである。

魂の認識を持つことには、実利的な利点がある。

それはこの人格がこの生をこの世で豊かにいきいきと生きぬくことに役立つ。

なぜなら魂とは自分の本体であり、それがやりたいことをやるとき人は充実感や安心感を得ることができるからである。また魂こそが自分の能力の真の源泉であるがゆえに、魂の認識を持つことで人は自分の能力を効率よく開花させることができるからである。

また、魂の認識を持つことは、いわゆるゾーン、フローと呼ばれる意識状態に入ることを容易にする。

魂がこの人格を使って為したいことをこの三次元空間で為すとき、そのとき人の意識は三次元にありながら、容易に時間と空間を超えた魂の領域と同調する。その意識状態こそがゾーンやフローと呼ばれるものである。その意識状態の中で、時間は止まったように感じられる。あるいは時間は一瞬で流れすぎると感じられる。そのような流動的な時間感覚を得るのは、人はそのゾーンの中で、三次元を超えた魂の領域に意識を同調させているからである。

このゾーンを生活の各領域に広げ、フローを高めていくことで、不安はその領域から深いレベルで拭い去られ、いきいきとした喜びに置き換わっていく。

PezibearによるPixabayからの画像

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