四次元意識から五次元意識へと移行するためには、タイムラインのヒーリングが必要であると前回の記事で書いた。

「タイムラインのヒーリング」などと書くと、なんだかよくわからない感じがするが、実はそれは現実生活の中でも、それを素材に作り上げられたさまざまな物語作品の中でもありふれたことである。

たとえば日本の伝統芸能である『能』には、『夢幻能』あるいは『複式夢幻能』などという形式の作品群が存在する。

その作品群には以下のようなパターンがある。

旅の僧が名所旧跡などを訪れると、『とある人物』が僧の前に現れる。とある人物は、その場で起こった『過去の悲劇的な出来事』を僧に語る。

その『とある人物』は、実は幽霊やそのたぐいの超自然的な存在であり、『過去の悲劇的な出来事』の主要な人物である。それが、姿を変えて僧の前に現れているのである。

(その場で死んだ有名人の幽霊が、ただの村人などに姿を変えて、僧の前に現れる、というように)

とある人物は、僧に過去の出来事を語ったあと、舞台から姿を消し、その後、過去に取っていた真の姿を現して舞台に再登場する。

そしてその存在は舞台の上で、過去の悲劇を再演する。

そのように再演される過去の悲劇を僧が見つめ、それを共有することで、『とある人物=悲劇の主要人物』の苦しみは癒されていく。

これはまさにタイムラインのヒーリングそのものである。

過去の悲劇に囚われ、そこから抜け出せないでいる存在の苦しみを、僧が明晰に見つめることによって癒やしていく。それによって過去から解放される、という。

この夢幻能の物語パターンは文字通り、地縛霊的なものへの僧によるヒーリング、と捉えることもできるし、過去のPTSD的な出来事に苦しめられている人へのカウンセラーによるカウンセリングと捉えることもできる。あるいは、とある個人の心の中の、人生のタイムラインのセルフ・ヒーリングを可視化したものと考えることもできる。

その場合、僧は、自分の中の明晰な意識を表す。このホームページでよく使われる瞑想/ヒーリング用語では、それを『ハイヤーセルフ』の視点と表すことができる。

そして過去の悲劇に囚われている人物は、自分の中の癒やされていない人格の一側面と捉えることができる。瞑想/ヒーリング用語的表現では、それを『傷ついたインナーチャイルド』や『サブ・パーソナリティ』の視点と表すことができる。

その自分の人格の一側面は、傷つき、過去に囚われ、何度もその苦しい体験を止まった時間の中で繰り返し体験し続けている。そのような凍りついた時間のループにはまり込んでしまった人格の一側面は、自分の中の明晰な意識の力によって癒やされる。それによって凍りついた時間は解凍され、タイムラインは癒やされていく。

本稿では夢幻能などというあまりメジャーとは思えない物語形式を例に出して、タイムラインのヒーリングとはどんなものかを説明してみた。

だがこの夢幻能的な物語形式は、たくさんの現代的な物語の中に見出すことができる。たとえば私が大好きなノベルゲームである『AIR』は、まさにこの夢幻能的な形式の物語を持っている。そのことについてはまたいつか、考察してみたい。ゆーれるひこーきぐもー。