人の心はいくつもの層によって構成されている。その層を、「次元」というメタファーによって表すことができる。ここで使う「次元」という言葉は、数学的なものではなく、あくまで特定の雰囲気を表す、心理的、文学的な比喩的表現だと思っていただきたい。

ではとりあえず、「三次元意識」から、「五次元意識」まで、下から上へと、ミルフィーユのように、心の層が積み重なっていることを想像して欲しい。このように。

(↑意識レベル高)

  • 五次元意識
  • 四次元意識
  • 三次元意識

(↓意識レベル低)

では簡単に、これらの意識状態について解説してみよう。

ちなみに、これらはどこかの空間に存在しているものではなく、どれも心の状態を表している。

・三次元意識

この意識状態では、意識の対象となるものは、三次元空間に存在するものに限定され、目に見えるものだけが現実として理解される。

普段の日常的な意識状態がこれにあたる。興味の対象は特に肉体のサバイバルに関することである。

サバイバルするためには、外界から何かを奪う必要があると感じられる。なぜなら三次元空間では、物質は有限であり、厳密に質量保存の法則に従うからである。

・四次元意識

これは三次元空間が、過去から未来へと続くタイムラインへと引き伸ばされた視野を持つ意識状態である。

この意識状態では、想像が大きな力を持つ。過去の体験、未来の予想が、強い感情を伴って想像空間内、すなわち心の中の四次元空間内に知覚される。

意識は一本のタイムラインの外に出ることはほとんどできないため、過去に対する後悔や、未来への不安などが、強く感じられる。

過去から未来への因果関係が強く意識され、罪と罰、被害と報復といった、タイムライン内で感情のバランスをとるための思考概念が発生する。さらにそれはロジックを生み出す。それは善悪のコントラストを生み出し、その両者の間での戦いが生じる。

通常、人の空想はこの意識状態では行われる。そのため、この世にあるほとんどの娯楽コンテンツは、この意識状態をベースとした世界観によって作られている。

この意識状態は、二次元的表現と相性が良い。そのため四次元的想像は、文字や絵にすることが容易である。いわゆる『二次元の世界』は、この四次元的意識空間にあるものを模写したものである。

・五次元意識

四次元意識では一本のタイムラインが過去から未来に続いてたが、五次元意識では、タイムラインが無数に並列しており、さらにそれが相互に重ね合わされている。

この意識状態は可能性の海に満たされており、その中では、罪と罰、善悪の戦いというような、ソリッドなコントラストを持つものは存在できない。くっきりとした境目を持つ、善と悪というようなものは、一本のタイムラインに限定された意識の中でのみ成立が可能だからである。

四次元意識内が、重い感情と固い思考をその内容物として持っていたが、五次元意識の内容物は、ふわっとした優しい雰囲気の光である。その光の中には多くのタイムラインの情報が重ね合わされて含まれている。

これらの意識状態を人は日々の生活の中で、自動的に次々と切り替えながら体験している。おそらく三次元意識と四次元意識こそが多くの人の日常的な意識モードであり、五次元意識は、めったに体験することはない意識モードであるはずだ。

また多くの人にとって、四次元的意識状態は、まだまだ楽しいコンテンツに満ちた、探求すべき余地がある意識状態のはずである。それは大いに楽しまれるべきである。

しかし一部の人には、三次元意識、四次元意識より、もっと自由度のある意識状態を探求したいという気持ちが強くある。その人たちは三次元的、四次元的コンテンツに、もう飽きてしまった人たちだ。あるいは何かもっと新しいものが好きな人たちだ。

そんな、もっともっと新しい画期的な意識状態を楽しみたい、精神のアーリーアダプターな人たちのために、このホームページはあります。