第二回げんめけんも先日、無事、終了しました。第一回よりも広い部屋を用意したので、参加者が集まるかどうか不安だったのですが、蓋を開けてみるとまさにちょうどいい人数の方に集まってもらえました。来てくれた皆さん、ありがとうございました。

第二回げんめけん「ヒーリング特集」内容のおさらい

(この項目は参加者のためのメモです。この手順を読むだけでは、なにがなんだかちんぷんかんぷんだと思いますので、未参加者の方はこの項目をスルーしてください)

光のイメージで心身をヒーリングする瞑想

  • 深呼吸し、全身の筋肉の力を抜いてリラックスする。
  • 頭の上に小さい太陽が浮かんでいるのを想像する。
  • その太陽から自分の頭のてっぺんへと綺麗な光が流れこんできて、全身へと広がっていくのを想像する。
  • 光が全身の細胞の隅々へと広がり、さらに、感情、思考の隅々にまで広がっていくのを想像する。

自分のサブパーソナリティを統合し、問題を解決する瞑想

  • 上記の光イメージ瞑想を軽くして準備を整える。
  • きれいな公園を想像し、ベンチでくつろぐ。
  • 解決したい問題を作り出しているサブパーソナリティを想像する。姿形、年齢、男か女かを想像する。
  • サブパーソナリティと共に、公園の側にある山に登り、頂上からの景色を見下ろし、話し合い、過去の行動プログラムを、新たなプログラム行動へと変更するよう頼む。
  • 『光の存在』を心の中で呼び出し、サブパーソナリティに愛と光のエネルギーを送ってヒーリングしてもらう。
  • サブパーソナリティが何かのシンボルに変わるのをイメージし、そのシンボルが自分のハートの中に入り融合するのをイメージする。
  • 自分のハートに『光の存在』からのヒーリングエネルギーが流れこむのを感じる。
  • 他のサブパーソナリティ全員を呼び出し、彼ら彼女ら全員に愛と感謝を送り、統合の望みを伝える。
  • 山を降り、ゆっくりと瞑想を終える。

過去を書き換える瞑想

  • 光イメージ瞑想を軽くして準備を整える。
  • 現在の解決したい問題をイメージし、感覚的に味わう。
  • その感覚と同じパターンを持つ出来事が、二十代前半の頃に無いかどうか、過去を思い出す。
  • さらに十代の頃、小学生の頃、幼稚園ぐらいのころ、乳幼児期のころの、同じようなパターン、同じような感覚を感じさせるエピソードを、順に過去へとさかのぼって思い出していく。
  • この人生でもっとも最初に起きた、同型のパターンを持つエピソードを探り当てたら、そのエピソードの関係者全員と自分自身に、愛と光のエネルギーを注ぐ。
  • 心の中でそのエピソードがヒーリングされていくのを感じつつ、今現在の自分として、過去の自分に、何か新しい選択肢を教えてあげる。
  • その選択肢を実行することによって過去のイメージが変容していくのを観る。
  • 順々に未来のエピソードに戻り、各エピソードが変容していくのを観る。
  • 現在に戻り、現在の問題が変容したのを感じる。
  • さらに生まれた瞬間に戻り、生まれたばかりの自分を、今の自分として抱きあげ、無条件の愛を送る。
  • 地球全体、動植物に無条件の愛を送る。
  • 宇宙から自分に送られてくる愛を感じそれを受け取る。

と、こんな感じの瞑想をしました。特に最後の瞑想の、最後の部分など、再誕生的なフィーリングがあり、クリスマス前にぴったりだったと思います。クリスマスと言えばキリストの誕生日。どんな瞑想も、その目標は最終的には、自分の中のキリストを目覚めさせることであると言えます。あらゆるヒーリングの目的も、最終的には、愛を遮る心の中のATフィールドをすべて除去して、自然に自分の中のキリスト意識を蘇らせることです。よし、こうなったら、がんがんキリストを目覚めさせていこう。キリスト意識が目覚めていた方が就職や結婚にも有利ですしね。

そんなこんなで私的には非常に素晴らしい集会を催せたのではないかなと思っているのですが、会の途中では「つまらない」「飽きたんですけど」などという厳しい指摘があがり一気に冷や汗が吹き出るようなシーンもありました。

会が終わった後でも『期待しすぎたせいで肩すかしでした』 という率直な意見をいただくことができ、おかげさまでその後、じっくりと自分を見つめなおす機会を得ることができました。

以下、参加者の皆様から頂いた感想です。

 


 ・少し肩透かしを食らったような気分になりました by ニューオオタニ様

正直に言ってしまうと、私が期待しすぎていたせいで少し肩透かしを食らったような気分になりました。
私は滝本さんがブログで書いていることや、巷の瞑想本に書いてある知識以上の何かを期待していたようです。
その何かをはっきりと言葉にすることはなかなか難しいのですが、あえて言葉にするなら、ミメーシスと心のドラスティックな変化、です。

心の変化については、やっぱり地道に種々のワークを実践していくしかないんだなぁという感想を持ちました。瞑想をしてもうまく想像できなかったり、「愛ってなんだ? どうやって愛を与えたらいいんだ?」という疑問が湧いてきてしまい、ちょっと講座を受けて瞑想した程度で急に凄いことは起こらないという、あたりまえの事を確認しました。

ミメーシスは他になんと言っていいかわからないのですが、滝本さんにシビれて真似したくなるような強い気持ちのことです。
私がそういったものを滝本さんに勝手に求めてしまうのは、
自分が怠惰で、解決しなければいけないと長いこと感じている
問題を放置し(それこそゴミだらけのタンスを放置するように)、気づくけば日々の生活に埋没して何も変えられず、変える元気が枯渇気味だからです。
何度となく私は、文章や配信を通じて滝本さんのそういった勇気を起こさせるカリズマに触れた気持ちになったことがあります。
「何言ってるかわからないけど何か凄いエネルギーを感じる!」
って感じです。(ミーニャの祝福で断言された事実のようなものとか)
私が求めていたのもそういったものだったのだと思いますが、今回はどちらかと言うと座学チックな内容が多く、あまりビリビリきませんでした。
滝本さんご自身もあまり自由にやれていないのかもしれないと思いました。
こういう期待ってある種の依存マインドでヤバいかなとも思います。
自分と同時代に生きて、自分と同じような悩みを持ってそれに対して自分よりも真摯に向き合っていた人物が、長い沈黙を経て何か解決の道筋を語ろうとしている、となると、どうしても期待してしまうのです。
(中略)
私はイメージを使った瞑想は妄想を助長してよくないんじゃないの? ありのままを観察するんじゃないの?なんて思ってましたが、「マニュアルとして優れている」という言葉をもらって、もうちょっと調べてみよう。とりあえずやってみてそれから判断しよう。
という気持ちになりました。これ、まだ疑問です。質問すればよかったです。ただ、深い瞑想で自然と浮かび上がってくるといわれるサブリミナルな感情に、直接働きかける瞑想が許されている?というか認められていることのプラグマティックな側面に新鮮さを感じました。
「こういうのもありなんじゃないか」と思うきっかけになりました。
また、ホ・オポノポノについて、「抵抗を感じる人に対してやるほど効果がある」という言葉にハッとしました。
自分の心の中だけで唱えるにもかかわらず、誰に対しても「愛してます」と表明することに抵抗を感じる自分はなんか良くない、という気づきがありました。
この心理的抵抗感はなかなか闇じみていると自覚しました。

素晴らしい感想ありがとうございました。ご指摘のひとつひとつに私的にも思い当たることがありました。今後の参考にします。瞑想の面白さ、楽しさや、ダイナミックに心に変化が生じる嬉しさ、そういったものをダイレクトに伝えていける会にしていきたいと思います。


 

・楽しみながら理解できました by 匿名希望様

現代瞑想について面白おかしく説明していただき、楽しみながら理解することができました。ぜひまたやってください。

ありがとうございます! 三回目もやります!


・深い瞑想ができました by Momo様

今回2回目の参加でしたが、前回よりももっと深い瞑想ができました。自宅でも自分で瞑想してみたりしますが、先生の導き方はいつも上手だと思います。全部で3回の瞑想でしたが、3回ともどっぷりハマりました。お話もわかりやすく、楽しかったです。

2回めの参加、ありがとうございました。どんな趣味もそうですが、瞑想も続けてやればやるほど深く面白くなっていきます。またのご参加お待ちしております。


 

というわけで、第二回げんめけんレポートでした。

参加者の皆さん、ありがとうございました!