日常的な意識にとって、高次の意識は無として感じられます。

誰にでも高次の意識というものはあり、それは日常の意識よりひとつかふたつ上のレイヤーに存在しています。

高次の意識は脳の中に入っているものではありません。

というのも、そもそも人間は肉体ではありません。

肉体とは意識が持つ装備の一つであり、それはこの三次元的世界を探検するためのマニュピレーターのようなものです。

日常的な意識は、自分とは脳の中の心であると思っていますが、それは錯覚です。

本当は、自分とは、肉体をはるかに超えて多次元的に広がっている存在です。そんな大きな存在の意識のごく一部分が、肉体の中にぎゅっと押し込められて、その小さな肉体を自分だと認識しています。それが日常意識です。

しかしどれだけこの肉体こそが自分だと思い込もうとしても、それにはどうしても無理があります。

だから、ある時、ある瞬間、あなたも高次の意識のことを思い出し始めます。

そのときもしかしたら、とてつもない怖さに襲われるかもしれません。

自分というものが無くなってしまうように感じられるかもしれません。

この肉体とその脳の中の記憶と感情と思考の集合体こそが自分であったはずなのに、どうもそのすべては自分の本体ではないような気がする。。。。

そんな直観的な、しかしある種の冷徹な論理性を伴った洞察が、ある時、誰のもとにも訪れます。

そんなとき、得てして、めちゃくちゃ怖かったりするし、自分が崩壊していくようにも感じられて不安になったりもします。

でもその不安は一時的なものなので大丈夫です。

しばらくすれば高次の意識との接続が安定し、日常意識と高次の意識との間にあるネット回線のようなものがどんどん太くなり、その無のように感じられる漠然とした超然とした高次の意識と、日常のいつもの自分が、シームレスに結合してきます。

そうなれば、とてもいい感じになります。

深い安心感。

永遠に続く意識の直接的な体験。

自分の中から湧き続ける無条件の愛。

たまに日常の中で大きな精神的動揺があったときには、高次の意識との連結が一時的に断線し、昔ながらの神も仏もない気分になったりもしますが、少し気分が落ち着けばすぐにまた常時接続に戻ります。

これは誰にでも可能な意識状態であり、このような高次の意識との一体化を追求していくことが、これからの人類のトレンドとなっていくことでしょう。

数千年前からトレンドといえばトレンドでした。超アーリーアダプターな人たちが、この意識状態を人々に広めようとしていました。その甲斐あってか、この高次の意識を地球上にいながらにして体験するための基盤が、今や世界的に整っており、今や誰でも望めばそれが手に入ります。

もしあなたも、ここで書かれているような、自分の高次の意識、格好いい言葉でいうところの、ハイヤーセルフとの接続を確立したいのであれば、それは可能です。

そのためにはまず、その望みを宣言するといいでしょう。

口頭で、あるいは心の中で、「私は自分の高い意識、ハイヤーセルフとのつながりを持つことを望みます」と、五回唱えるといいでしょう。

そうすれば、そうなっていきます。

これはすべて、あなたの心の中で起こることだから、そしてあなたには、自分の心を変える力があるのだから、あなたがそう願えば、確かにそうなっていくのです。